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たるけんの縁側

『小さな住まいの設計室』はじめました

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2010.08
22
CM:4
TB:0
19:46
Category : たびたび たび

空の青、この石垣の曲線、あぁうっとり

街の姿が分からない上に、路面電車が走っている松山市街。
右折には、かなりの技術を要します(県外人マメ情報)

標高132mの松山城には、ロープウェー(orリフト)で向かいます。



同時の乗り合わせた噂の高須賀さん(前記事参照)
「良かったら、ご案内いたしましょうか?」

ここから、松山城のいろは にほへとちり、まで教えて頂きました
お城や歴史が大好きで、ボランティアの高須賀さんとマンツースリーで
ご教示頂きます。



松山市に入ると至るところで、見かける「坂の上の雲」の文字。
地元の方は、「坂雲」(さかくも)と呼ぶようです。

その「坂の上の雲」とは、司馬遼太郎さんの長編小説で、
正岡子規や、秋山兄弟を中心に多くの人物が近代国家を目指す、
明治の日本が書かれています。

その小説をNHKでスペシャルドラマとして放送。
全三部作、第一部は放送を終了しています。

街を上げての一大ムーブメント。
この松山城も主人公達の遊び場だったそうな。

お城の話に戻ります。
天守までの道のりは、90度、180度ターンを繰り返し、敵を感覚的に欺きます。
3つある門も、奥に行くにしたがって、見えにくくなり、かつ、
一つ目の門は、門扉が無く、二番目の門を破ろうとしている間に、
三つ目の門からグルリ攻めるそうです。

DSC_46561497.jpg

門に飾られているお椀形の鋲、乳鋲(ちびょう)が6つあり、
六鋲=無病と掛けているそうな。
↑に映っている門はかつて放火に遭い、
再建時に天皇家の修繕に使われるための材を頂いて、
製作した由緒ある扉です。ケヤキの一枚板だったかな?
(事実は、いくらかで購入したようですが)

DSC_46641501.jpg

正面にも少し映っていますが、板塀があちこちに、ぐるりと張り巡らされています。
一見見、薄くて燃えやすい板塀に見えますが、裏側には漆喰が塗り込められています。



外側からこの重厚感が分からないように、テーパーをつけて広げています。
(現代の建築の手法にも通じるところがありますね?こちらが先人ですね)

どんどん攻撃された場合、この板塀ごと取外して敵側に倒す仕掛けになっています。



先ほど映っている石垣も上部の建築物の重さによって、積み方の勾配も変わるそうで、
階が載っている石垣の勾配はきつく、飾りのような建物にはゆるく積んでます。
あの時代に力学を使い分けているなんて、と思うとすごいことですよね。

建物も通気が必要な箇所には木材を使い重量を軽く、防火延焼しない為に漆喰を使い、
要所要所で予算的にも使い分けていると。

城の工事は、今で言う官工事で、きちんと設計図があり、予算を幕府にお伺いを立て、
設計図通りに出来ているか、検査もあったそうです。へぇぇ

徳川幕府が始まったばかりの築城だったので、まだ大きな予算が確保できたそうな。
完成までに、25年の歳月が掛かったと言われています。

そして城の最大の武器、篭城をする為に必要な井戸を掘った、というのは適当ではなく、
二つの山の間を埋立て、水場から、井戸の形を作ったそうです。

普通に井戸を掘ると、人間は何十m(何mかな?)かで酸欠になるそうです。
ここにもすごい知恵がありますね。

そして、家臣(藩の人々?)が篭城しても、
一年食べていられるだけの米が備蓄されたそうです。



高須賀さんのお話は、昔話のイメージを覆し、現代社会に解釈でき、
建築的にも面白い話ばかりで、なるほど、ほぉ?が続きます。

昔の藩も戦ばかりがメインではなく、藩を繁栄させて生き残る為に、
他藩の知識、技術さえも手に入れていたそう。

道を変え、宿場町を作り、人を呼び込むことや、
川の流れを変え、街の形を形成するなど、
藩は一つの国であり、自治体であり、家族だったのですね。


さて、またお城の話に戻ります。
石垣の積み方も、一直線ではなく、屏風形に折れ曲がり、
敵の姿があらゆる角度から、見えやすく出来ています。

さらに、味方の兵か、敵の兵かを見分ける為、一つ目の門の上下に無双格子
(左右にスライドする格子)があり、
足元で何人いるか、馬に乗った人が何人いるか数え、
二つ目の門を開ける前に、枡形の敷地に誘導し、人数をダブルチェック!
枡形なので、埋まっている割合で、人数をざっと数えられたとか。

長かったでしょ?
ここまで、聞いて高須賀さんに質問しました。

「それで、城を攻められたのは、何度あるのですか?」

「実は・・・ありません」

え?ちょっと苦笑しました。
ここまで完璧に城を作った成果なのでしょうか。

さぁ、天守の中へ。
当時の甲冑が展示してあり、出世したい人の甲冑、
それを管理する立場の甲冑を教えて頂きました。
出世したい人の甲冑は、背中に旗が立てられ、目立つ様作られています。
兜も角が立っているような形。

功績を評価して手当てを上げてくれ、という狙いがあり、
それを管理する方は、他から目立たず、攻撃されにくく、
どちらかと言うと丸い兜でした。


そして、これ!城の設計図が出てきたそうです。
この当時も、平面図を描き、さらに上下が分かる様、重ねてあったんです。すごいっ!



もう一つ、大改修時、壁の中から出てきたそうです。
材に書かれたイラスト。


(写真ではよく見えないですが)

当時の職人さんがイタズラにスケッチし、それを分からないように壁の中へ埋め、
時空を越えて、今、こうして眺めているなんて、すごい浪漫を感じますね。
(当時の現場監督にあたる方を描かれているらしいです、見つかったらヤバイ)
きっと、してやったり、な気分でしょう、ね

天守からの眺めです。



藩主が天守に上る事は切腹を意味するので、基本的には上らないのですが、
(普段は二の丸で接客、政治、生活をしている)
25年の歳月で完成した時は、きっとこっそり上ったことでしょうね、と。

その当時のお殿様も、きっと坂の上の雲を、眺めたことでしょう。

お後がよろしい様で。

まだまだ書き足りませんが、
高須賀さんのレクチャー3時間の成果、終了することにします。
大変、大変お世話になりました。m


帰り道、「坂の上の雲ミュージアム」にも寄りました。安藤忠雄さん設計。

DSC_46811508.jpg
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Comment

非公開コメント

No title

なんだか、ここの記事だけやけに詳細じやないですか?
それにしても、建築やさんが行くと、やはり視点が違うんですね~、オモシロイ。
見張り穴を見て「テーパー」とか言うかな~(笑)。

私は松山城行ってないんです。
町中を走ってるとき、山の上に見えたけど、
「遠そう~」と思って、めげました。

そうそう、松山駅前に、「赤丹」っていう居酒屋(日本一古いおでんやさん)があるんですが、
なかなかいい感じです。
次回はぜひっ!


■白あずきさん

本当はまだまだ色々教えて頂きましたi-237
せっかく聞いたので、忘れてしまうので、
書き留めておこうと、長くなりました。

見張り穴と言うのですね。
テーパーって業界用語だとは思ったのですが、
それ以上に的確な言葉が見つからず、
いっか、と思って書いたところ、バレたi-278

松山城はロープウェーがあるので、
こんぴらさんの1/10の労力で行けます。
ただ、滞在時間は長くなる可能性ありますi-179

姐さんには「赤丹」が一番似合いますがi-277

松山城!!

 高須賀さん、恐るべし。

 誰かを案内するときに、この記事を参考にさせていただきます。

 天守閣から見えるのは、城の南、皿ヶ峰の山々かなと思います。

 松山城付近は、観光地、官公庁、大学がごっちゃになっているので、不思議な魅力があります。

 ところで、『坊っちゃん』には会いませんでした?

 袴をはいた坊っちゃんとマドンナが、お城や道後温泉にいて、観光案内などもしてくれます。

■アベッカムさん

高須賀さんをボランティアのナイスミドルなどと、
あなどってはいけません。
日本全国、宿泊予約無しで旅をする、
生粋の城・歴史マニアですi-179
(海外のお城にも詳しいし)

某いさにわ神社の神様役を5年やっているらしいです。
生きる神様に案内されてました。きゃーi-233
実は建築やってます、と言ったら、きゃー驚かれたけどi-179

坊ちゃんには会いませんでしたが、
袴をはいたお嬢さんは居ましたよ~。
観光案内は他の坊ちゃんがつけいるスキあらずi-179

おあとが・・・